7月28日:発災直後、宇城市の拠点へ 7月28日、お昼2時頃まで菊池市の酪農家・泉田牧場様で仕事をさせていただき、少し早めに作業を上がらせていただきました。その後、自身で借りている畑の整備を行い、夕方4時からはグリーンマーケット様と菊池市内で合流して共に作業を進めていました。その作業の真っ最中、激しい揺れに見舞われました。
一般社団法人「自分ごと(JIBUN GO TO)」は、将来的に災害情報収集局(DIA)を確立するための足がかりとして設立した組織です。自分自身が被災した際、まずは拠点を確保しなければ活動は始まりません。「自宅兼事務所のある宇城市に戻り、家屋が無事であれば1ヶ月は単独で動ける」という想定のもと、すぐに宇城市の拠点を目指して移動を開始しました。
選択と葛藤:いつもと違うルートへ 普段は国道3号線を利用しますが、当日の現場の位置関係から、空港近くを通るルートの方が距離も短く早いと判断しました。3号線の被害状況も確認したかったものの、当時は私一人。最速で拠点へ戻ることを優先しました。このルート選択が、その後の運命を分けることになります。
爆発現場との遭遇と「二つの役割」での葛藤 移動の途中、突如として爆発事故の現場に遭遇しました。 周囲は信号待ちの車で渋滞し、二次災害の危険も迫る緊迫した状況でした。その時、私の頭の中で激しい葛藤が生まれました。
- 「災害情報収集局(DIA)として、全体のための情報収集・共有に専念すべきか」
- 「目の前の現場にとどまり、救助に動くべきか(元々の任務から外れるのではないか)」
しかし、当時はまだ公的機関との情報連携ラインが確立していない段階でした。私は瞬時に頭を切り替えました。「連携ができていない今、目の前にある危機と命に対応することが最優先だ」と判断したのです。
判断の連続:車をどこへ止めるか 現場にとどまって動くには、まず自分の車を安全な場所へ退避させなければなりません。しかし周囲は大渋滞。左折車線に入っていたため、他の車線に入る余裕もなく、一時は「このまま現場を離れるしかないのか」という焦りもありました。
信号を左折すると、そこには全長500メートルほどの大きな橋がありました。橋を渡りきったすぐ先に、幸いにもバス停の利用スペース(車を止められる少し開けた場所)を発見。急いでそこに車を停めると、安全靴を履き、車載していた救急セットだけを手に取って、約500メートル以上の道のりを夢中で現場へと走って戻りました。
119番がつながらない中の現場到着 車を停め、約500メートルの道のりを走って現場へ戻る間、携帯電話で2〜3回ほど119番通報を試みましたが、呼び出し音は鳴るものの繋がる気配はありませんでした。
事故現場に向かって進入してくる車を一瞬制止し、Uターンを促すなどの対応をしつつ現場へ急ぎます。到着したときには爆発直後の煙は消えていましたが、トラックの荷台には大きな穴が開き、怪我をされたドライバー様が福山通運のスタッフ様に肩を貸され、ガードレール側に腰掛けられているのが見えました。
医療関係者との出会いと、突如発生した火災 すぐに救急セットを開き、額から出血し首を押さえているドライバー様にウエットティッシュを手渡し手当てをお願いしようとしたその時、すぐ脇の草むらから煙が立ち上っているのに気づきました。
「手当てをしていてください、火を消してきます!」とお二人にお伝えし駆け寄ると、2箇所から煙が上がり、うち1箇所からはすでに30センチほどの炎がメラメラと上がり始めていました。風も出てきており危険だと判断し、「水かペットボトルをください!」と周囲に大声で助けを求めました。もう1箇所のくすぶっている火を安全靴で踏み込んで弱めつつ叫んでいると、どなたかがペットボトルを5〜6本抱えて持ってきてくださり、まずは1箇所の火を消し止めることができました。
さらに、膝上(60cmほど)まで火が広がっていたもう1箇所の火災に対し、大きな消火器を2本手にした方が駆けつけてくださいました。その手慣れた消火器の扱いと判断力から、のちに思い返せば「日頃から訓練を受けているプロの方」だったのだと痛感します。
また、私が安心して消火に向かえた背景には、ドライバー様の元に駆けつけ、迅速にトリアージ(優先度の聞き取りや手当て)を行ってくださった方がいたからでした。お尋ねするとその方は「救急救命士」とのこと。現場に知識を持ったプロの方々が奇跡的に居合わせ、それぞれの役割を果たしたからこそ、大惨事を防ぐことができたのだと感じます。
消火を終えてドライバー様の元に戻ると、救急救命士の方による最初の問診はすでに済んでおり、「なるべく早く病院へ」という状況でした。この混乱下で救急車を待つのは困難だと判断し、私は「私の車でよければ、すぐに近くの病院までお送りします」と提案しました。現場に残って警察等の対応をしていただく福山通運の方にお願いをし、私は車を取りに急ぎ戻りました。
(途中、現場から出ていくお車に無理を言って乗せていただき、車を停めた場所まで送っていただくという温かいご協力もありました。)
愛車のハイエースの後部座席に負傷されたドライバー様を乗せ、病院へと急ぐ道中のことです。ドライバー様が会社(所長様)と電話で連絡を取られる中で、「助けて乗せてくれている方のお名前と連絡先を聞いてくれ」と言われ、私に尋ねてこられました。
最初は「いえいえ、お名前なんて大丈夫ですよ!」とお断りしていたのですが、ふと頭をよぎるものがありました。
「そういえば昔、『知らない人の車に乗ってはいけない』と教わったな……」
よく考えれば、お互いに初対面で名前も知らない状態です。私は親切のつもりで「乗ってください」と言いましたが、会社やご家族からすれば「名前も連絡先も分からない人物の車に乗っている」というのは、いくら緊急事態とはいえ大きな不安を感じられるはずです。
「これはしっかり名乗っておかないと、かえって余計な心配をかけてしまうな」と反省し、すぐに名前と連絡先をお伝えしました。現場の緊張感の中での少しクスッとするような出来事でしたが、「相手に安心してもらうこと」の大切さを再確認した瞬間でもありました。
最初に目指した最寄りの病院はすでに救急対応を行っておられませんでしたが、そちらのスタッフ様がすぐに「済生会病院」へ連絡を取り、引き継ぎの手配をしてくださいました。そのまま車を走らせ、無事に済生会病院へドライバー様をお送りすることができ、7月28日の最初のミッションを無事に終えることができました。(続く)

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